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history

第1期(2005年~2006年)【濃密なエネルギーの塊を】
前身バンド、壱Qの解散後に結成。
左から博多の根暗な凡人masasicks(Vo/g)、柳川の筋トレ職人tomoaki(Dr)、沖縄からきた癒し系shingo(Ba)、大分の飲んだくれ変態seiji(Gu)
野外反戦イベントでの初ライブを皮切りに連日ライブ。
以後、市内の様々なライブハウスで年間約40本ライブを行う。
1stミニアルバム「siletnt effect」をセルフリリース。
200枚ほど販売。その後、2nd「influence」をデジタル配信。
天神大丸パサージュ広場でアコースティックライブを定期的に行う。
写真は直方にて。ライブ後、終電を逃し始発まで野宿することに。
shingoは氷柱という実力派バンドへ移籍。tomoakiは脱退。

第2期(2006年~2007年)【夢に向かった行く先は】
左から、音楽への情熱が止まらないナイスガイのkei(Ba)、センスが光るピカイチお兄さんshin(Dr)、以下省略。
2006年、全国一斉プロモーションV.Aへ参加。主要レコード店発売。
2007年、3rd「spiral song」を一発録音セルフリリース。
ライブ会場、市内レコード店を中心に300枚ほど配布。
MTVオーディション企画にて、サマソニ特設ステージ出演をかけ応募。
数多の選考を抜け、最終選考に残る。
その後、様々なオーディションを受けるも2次落ち。
2007年の年末ライブ後、活動休止。
写真は熊本にて。この時はちゃんと車で来た。
活動休止後、shinはアタックチャンスというバンドで活躍。
keiはPSYCO LOGIC BOXを結成。
福岡のロックシーンを盛り上げ全国規模で活動する。

第3期(2009年~2010年)【溢れる感情、流れに任せて】
右から、身も心もふくよかな佐賀の仕事人match★(Dr)、シュッとして帰ってきた心優しき多趣味な島人shingo(Ba)、以下省略。
九州を越えて活動していた超個性派バンド、ジャガリックサンダー☆のmatch★と氷柱の活動が落ち着いたshingoとの4人で活動再開。
2009年当初はthe tremolo green elementsという、やたらと長いバンド名で始めたのだがまったく覚えてもらえず、仕方なくwarnockに戻す。
masasicksの母校の夏祭りに出演。CDが噓みたいに売れる。
2010年、長らく共にしてきたseijiが脱退。
ガレージロックが大好きだった彼はテクノ系バンドへ移籍。
その後、match★は多忙のため一時離脱。
その間、気合の入ったヤンキー少年をドラマーに迎えて活動。
数年後、彼はすんごくカッコ良いドラマーに成長する。

第4期(2011年~2012年)【のんびり穏やかな進展のひと時を】
3ピースになり、2マンライブをする。
そんな中、masasicksはソラリアステージにて、イベンターTanuki氏、
イラストレーターの妹、切り絵作家codomopaper氏とライブペイント。
この頃からベテランバンドとの対バンが急増。
福岡の若手バンド界隈から完全に離脱。
楽器を持たずにみんなで温泉に行ったり遠出したりするようになる。
音楽と一定の距離を保ちつつ、活動スタンスが変わる。
夜中心だったスタジオ練習はいつしか朝練へ切り替わる。
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第5期(2012年~2016年)【偶然が緩やかな転換に】
左は、歌もギターも音楽センスが光る対馬出身のコミュ障ギタリストyuuki(Gu)。元・壱Qのメンバーでmasasicksの大学の後輩かつ看護学校の同期でもあり、進学先の後輩でもある。
長らく音信普通だったが、看護学校でまさかの再会。
宮地嶽神社の屋外イベントや福岡のバンドマン憧れのライブハウスであるドラムロゴスに出演。時々、チケットが完売。
2015年、結成10年目にREINCALIBURに改名。これが良くなかった。
解散したと認知され、ライブハウスからのお誘いが皆無に。
その後、イベントや弾き語りが活動の中心となる。
2016年、shingoが地元沖縄に帰る事になり脱退。

第6期(2017年~2024年)【迷いの中、それでも】
2017年、上京して音楽活動していた北九出身の誠実な人格者のsatoshi(Ba)が加入。だが一同プライベートが多忙になり活動休止。
2020年、音楽を続ける目的が分からなくなり、全てのサイトを閉鎖。
2021年、やっと夏のイベント出演が実現。yuukiは多忙のため脱退。
2022年、warnockに再び名を戻し、ホームページを新設。
2023年、9月より過去作品を各音楽配信サービスにて一斉配信開始。
2024年、多忙のため、なかなか練習も難しく活動休止状態へ。
